
| 各映画会社・俳優の方々の許諾を得た、初日カバー&マキシマムカード。 リーフ解説は、青木圭志さん自らが執筆。初の日本映画切手コレクション! *ご好評につき、受付終了いたしました。 |
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| [新聞に記事執筆で事態が急変!] 〈日本映画〉切手が発行された10月10日、コマーシャルフィルム・キャメラマンの青木圭志さんは、日本郵政公社の本社に赴いた。切手の授与式に立ち会うためである。1995年に、日本映画記念切手の発行申請を一人で始めて、すでに11年が経つ。感慨はひとしおだった。 しかし、青木さんの申請が具体化してきたのは、2002年以来のこと。日本経済新聞文化欄に、映画切手に関する寄稿を頼まれ、その記事が当時の日活社長・中村雅哉さんの目にとまったのである。中村さんは「日本でも映画切手を!」という青木さんの呼び掛けに共鳴。同社の対外折衝のプロ、一木裕佳さんに青木さんの助っ人を命じたという次第。 「いやあ、一木さんは凄い人なんです。ぼくは再び情熱が湧き、彼女と組んで切手発行への執念が盛り上がりました」…事態は急展開する! VIPO(映画産業振興機構)の内山浩昭さん、日経連の谷川喜祥さんにも協力をお願いし、幾多の折衝が始まった。肖像権や版権の許諾に、思いも寄らぬ苦戦を強いられたものの、ようやく発行に漕ぎつける…。 「ほんとうに嬉しい! 応援していただいた方々に、ただただ“感謝”です!」 |
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| [『瀬戸内少年野球団』の切手]
発行の後、切手になったすべての作品をDVDで見直した。どれも良い作品! 師と仰ぐ中井朝一撮影監督が撮った『七人の侍』、また慕っていた宮川一夫撮影監督の撮った『雨月物語』…。なかでも『瀬戸内少年野球団』は、繰り返し見た。主演は故・夏目雅子さん。デビュー直後の初対面で、女優としてのオーラを感じた人である。往事を思い出しながらDVDを見ていて、ハッとした! 戦争未亡人役の彼女が、本当は生きていた夫の出した手紙を受け取る場面--えっ?、封筒に切手が貼ってある! 画面を止めて目を凝らすと、第3次昭和切手の10銭富士と桜(本号11参照)。日専巻末の料金表を当たると、間違いなく時代設定当時の封書料金である。さすが小道具係は、よく調べている! 『瀬戸内少年野球団』は、何度も見た作品なのに…。きっと、夏目雅子さんのこと、そして映画切手のことを想って見ていたから、気がついたのだろう、と青木さんは振り返る。 |
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| [引き受けないわけにはいかない] さて、そんな折り、〈日本映画〉切手コレクション頒布会のリーフ解説を依頼され、快く引き受けた。自分も含め、多くの人たちの苦労が実って、発行に漕ぎつけた切手。引き受けないわけにはいかない。 それに、そもそもが大の映画切手ファン。あの〈日本映画〉切手が初日カバーやマキシマムカードとして記念に残されるのを、どうしても見守りたい。しかしながら、こちらも肖像権、版権などの折衝がたいへんで、交渉中のものもあるのだとか。 「切手のときと同じですね。映画を扱うときは、いつもついて回る難問。でも、こんな機会はまたとありません。できる限りの解説をしたいと思います」と、力を込めて語る青木さん。頒布会の出来栄えが、とっても楽しみ! (取材・文責:編集部) |
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| 頒布品から内容の一部をご案内 | ||
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