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ブルネイ -世界切手国めぐり-
2010.09.04
東南アジアの豊かなイスラム教徒の小王国 ブルネイ


●…東南アジアの“最富国”

 ボルネオ島の北部で、東マレーシアの二つの州にはさまれている小国がブルネイ。1984年に英国から独立しました。正式国名は《ブルネイ・ダルサラーム国》。《ブルネイ平和国》とでも訳すのでしょうか。

 いわゆる発展途上国の中には、一人あたりのGNPが極度に低い国があって、“最貧国”などと言われるところも見られますが、ブルネイは面積5800平方㌔㍍、茨城県よりひとまわり小さな新興の小国ですが、それとは対照的で、一人あたりの国民所得は1.8万ドル。さしずめ“最富国”と言えそうです。ちなみに、バングラデシュは300ドルにも達していないのです。その富の源泉は石油と天然ガス。後者は日本へも輸出しています。

 1960年代初め、東南アジアの英領植民地を《マレーシア》として、一つの連邦国家に統合して独立させる案が生まれたとき、もちろん、ブルネイにも連邦への参加が求められました。しかし、天然資源に恵まれたブルネイは断り続けます。そのため、マレーシアは1963年に独立しましたが、ブルネイの独立は、ようやく1984年になって実現しました。 

●…石油と天然ガスに恵まれて

 ブルネイの油田の開発は、第二次世界大戦前から進められていました。大戦中、日本軍はいち早くこの地を占領し、連合艦隊の給油地に利用しました。しかし、さしもの石油資源も今では次第に減少し、枯渇が心配されはじめました。
幸い、天然ガスが豊富なので、日本をはじめ、各国に大量に輸出しています。今、この国では天然資源だけに頼らない、新しい経済の仕組みを模索しています。
ブルネイ・ダルサラーム国
Negara Brunei Darussalam

面積:5765平方㌔㍍
人口:32万2000人(’99年)
首都:バンダルスリブガワン
(7万5000人)
ブルネイ国旗
国  旗
住民:マレー系67%、中国系15%、先住民族6%など。
言語:マレー語、中国語、英語。
宗教:国教はイスラム教。
資源:石油、天然ガス
通貨:ブルネイ・ドル
ブルネイ地図

●…切手の変遷

 ブルネイの一番切手は1906年。ラブアン島の切手に地域名を加刷したものでした。ラブアン島は、ブルネイの沖合にある小島で、当時英国の統治下にあって、自由貿易地域となっていたところです。
 正刷切手は1907年。ブルネイ川の水上家屋を描いたものでした。さらに1924年の切手では、その巨大な水上集落の全景が紹介されました。
 第二次大戦後は、スルタンのオマールや、独立後国王となるハッサナル・ボルキアなどの肖像が登場します。独立後も図柄はどちらかと言えば地味で、国づくりやロイヤル・ファミリー、伝統文化などを紹介したものが中心です。また、アセアン諸国との外交には特に力を入れているようで、アセアン関連の切手が目につきます。発行政策は、極めて健全です。
海ラン 3種連刷×2/ブルネイ
海ラン 3種連刷×2/ブルネイ
2009年10月9日発行

Ⅰ…コチョウラン属、マメヅタラン属、デンドロビウム・セクンドゥム
Ⅱ…コリバス・ピクタス、マメヅタラン属、ヒスイラン属。
ランの部分にエンボス。
この国の切手はこちら

国めぐりこぼれ話

日本軍の占領切手

 第二次大戦中、東南アジアのほぼ全域を占領した日本軍は、それぞれの地域ごとに占領切手を発行していった。ブルネイについても同様である。ただし、宗主国によって郵便制度が発達し、人々が日常的に利用していたフィリピンやオランダ領東インド諸島と異なり、正刷切手は一枚も発行されなかった。
 それどころか、ブルネイの水上家屋を描いた切手に、《大日本帝国政府》を、ゴム印で手押ししたに過ぎなかったのである。
 筆者は、終戦直後、偶然古道具屋の店頭でこれらのブロックを見つけ、早速買い求めたが、戦塵をかいくぐって、ようやく日本にたどり着いたこれらの切手に、子ども心にも感慨ひとしおだったのを思い出す。

※このコーナーは「続・世界国めぐり」(2004年刊行)から引用しています。 
  内容が現在と異なる場合があります。
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