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満洲国のビジュアル・メディア
2010.07.22
複雑な歴史的背景を持つ「満洲国」のメディアを、豊富な資料で検証し、歴史研究と郵趣の新たな関係を示唆する一冊。

貴志俊彦著 吉川弘文館刊



『満洲国のビジュアル・メディア』
ポスター・絵はがき・切手 

 今回、ご紹介する「満洲国のビジュアル・メディア ポスター・絵はがき・切手」は、切手収集家による書籍ではなく、現役の歴史学者によって書かれたものです。本書のあとがきによれば、著者・貴志俊彦氏(京都大学地域研究統合情報センター教授) は、満洲国のポスターや絵はがき、宣伝ビラについて研究を重ねる一方、2007年、内藤陽介さんの「満洲切手」の書評執筆がきっかけとなり、戦前の切手や郵趣文献にも、 研究の範囲を広げられたといいます。


 満洲国の成立は、ご存じのように国際連盟からは認められませんでした。日華の紛争を調査したリットン調査団の報告書採択をめぐって、唯一の反対票を投じた日本の全権代表・松岡洋右は、国際連盟総会の場から退場し、日本は国際連盟から脱退します。貴志氏によれば、枢軸国をはじめ、のちに世界20ヵ国が満洲国を承認することになるといいますが、満州国は成立の時点で、自らの真正性や正義を、内外にアピールせざるを得ない立場にありました。

 その内外に向けたアピール、すなわちプロパガンダに利用されたのが、本書の取り上げるポスター・絵はがき・切手であり、著者はそのメディア戦略を、豊富な実例に沿って丹念に紐解いていきます。「さくら日本切手カタログ」の満洲切手の項目を脇に置いて本書の記述を追っていくと、あたかも切手が発行された時代の、その場に居合わせたかのドキュメント感覚を覚えるほどです。

 たとえば、1935年に日本と満洲国からそれぞれに発行された「満洲国皇帝溥儀来訪(来日)」記念切手。発行準備から販売までを追う本書の記述は、切手のメディア効果に期待が寄せられはじめた時期の当局の姿を、また、期待通りに切手が役割を果たしたプロセスを生々しく浮かび上がらせていきます。


 満洲国切手は、一部を除き、さほど値段の高いものではありません。また、本土で発行されたものでないということ、「満洲国」に対する戦後のイメージも手伝って、あまり注目を集めることはありませんでした。しかし、1枚1枚の切手に込められた意図、制作に参加した人々の横顔などなど、著者の文章を頼りにたどっていくと、そこには非常に興味深い歴史のドラマや葛藤があったことに気づかされます。

 1939年に発行された「鉄道1万キロ突破記念」の1種には、流線型の蒸気機関車あじあ号が描かれています。このあじあ号図案は今見てもカッコ良く、切手の約46パーセントは海外向けに販売されたという記述には、実感として納得させられるものがあります。欧米の鉄道好きにもたまらない切手だったのでしょう。切手はプロパガンダと趣味性の双方をともに抱え込んで、国境を越えて収集家にしのび寄っていくのです。


 本書が切手収集家に教えてくれるのは、切手が単独で発行されたのではなく、とくに満洲国の場合、ポスター、絵はがきほかのビジュアル・メディアと緊密な関係を持ちながら、発行されていったことでしょう。

 そのとき、切手コレクションは切手の小宇宙を形作るだけでなく、ある地域のある時代を物語るのに不可欠な要素としての意味も持ち始めます。

 近年、異なる分野の研究者が資料を読み解き、新たな成果を生み出す例が散見されます。先日、NHKで放映されたアメリカ・ボストン美術館所蔵の「吉備大臣入唐絵巻」。歴史学者・黒田日出男さんが美術史とは異なる方法でこの絵巻を読み解き、新鮮な解釈が反響を呼びました。

 そして、切手収集家とは異なる立場・視点から著された「満洲国のビジュアル・メディア」にも、見慣れた切手に対して、新鮮な感受性を再び湧き起こさせる魅力があふれています。

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