- プロ野球交流戦まっさかり
- 2010.05.22
プロ野球の交流戦が始まり、各地で熱戦が繰り広げられています。
久しぶりにテレビで野球を観戦しました。
そのときふと、考えることがありました。
終戦後65年を迎え平和な時が過ぎていき、プロ野球が始まってからも昨年で70年を迎えました。そのプロ野球も昭和11年にスタートしてすぐ日華事変が始まり、選手も徐々に戦地へ招集されていきました。
なぜ、こんな話を始めたかといいますと、東都6大学リーグの中央大学に、沢村拓一投手と言う選手がいることを初めて知ったからです。
早稲田大学の斉藤佑樹投手ばかりが脚光を浴びていますが、久しぶりに東都6大学から話題の選手があらわれました。 ちなみに、中央大学野球部の監督は、元巨人軍(スタートは東映フライヤーズ(今の日本ハムの前身)の高橋善正(現役中は仏の善さんと呼ばれていました。)。
沢村と言う名前を聞けば、巨人ファンの方は、すぐ沢村栄治投手の事を思い出すでしょう。プロ野球が始まり、巨人軍が創設してすぐ入団をして活躍をした選手です。
在籍した10年の間、3度の徴兵を受け(あしかけ4年軍役に従事していました)、実際の全盛期は、昭和11年から12年のわずか2年でした。
しかし、徴兵されて肩を痛めてしまい、晩年の頃は往年の速球がなげられなかったそうです。
そんな短い選手生活の中でも、なんと3度のノーヒットノーランを達成しています。
沢村栄治投手は、昭和19年の3度目の召集を受け、戦地に向かう途中で戦死してしまいました。
戦後、昭和31年に沢村投手の功績を称え「沢村賞」が設けられ、本格派の投手に与えられています。
ちなみに沢村投手は、2度だと思いますが、切手に登場しています。
1度目は、「日本プロ野球50年記念(1984.11.15発行)」、
2度目は、「20世紀デザイン切手シリーズ第8集(2000.3.23発行)」
だと思います。私の記憶が違っていましたら、すいません。
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| 20世紀デザイン切手シリーズ第8集 |
長くなっていまいましたが、野球を観戦していて、ふと感慨にふけってしまいました。
★目白のG党
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