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日本紙幣肖像の凹版彫刻者たち
2010.05.25
芸術品とも言える彫刻を生み出した日本の主要な4人の彫刻師を中心に、
彼らの技術習得の過程、紙幣肖像制作の苦心、技法の特徴などを解説。
植村峻著 (財)印刷朝陽会刊
「日本紙幣肖像の凹版彫刻者たち」
凹版彫刻家にとって、紙幣の肖像を彫ることは、名誉であるとともに、その腕前があらわになる試金石ともいうことができるでしょう。
そして、同じ時代に政府の印刷局に属する複数の凹版彫刻師がいたとしても、紙幣の肖像を彫れるのは、その時代のもっとも優れた彫刻師たちだけなのです。また、紙幣の改刷がなければ、どんな優れた腕を持っていても、紙幣彫刻の機会に恵まれない場合もあります。
日本の紙幣肖像の歴史において、本書に登場する4人、エドワルド・キヨッソーネ、大山助一、加藤倉吉、押切勝造は、超一級の優れた腕を持ち、なおかつ紙幣肖像彫刻の機会に恵まれた彫刻師たちであり、日本の紙幣のレベルを世界的なものにまで引き上げた天才たちなのです。
現在、青山墓地に眠るイタリア人、エドワルド・キヨッソーネ(1833-1898)は明治初期、日本に近代凹版彫刻の技術を伝えたお雇い外国人です。明治8年(1875)来日、新政府の矢継ぎ早の要請に応じ、紙幣、印紙、切手ほかの制作に追われました。
数々の紙幣肖像も手掛けていますが、おもしろいことに、来日当初は西洋風だった肖像が、次第に日本的な容ぼうを持つようになっていきます。日本に暮らし、彫刻を続けるうちに日本人の特徴をつかんでいったのでしょう。肖像画の分野でも多くの作品を残し、西郷隆盛、明治天皇は、彼の描いた肖像画がイメージとして定着していきました。
キヨッソーネに続く天才彫刻家が大山助一(1858-1922)。キヨッソーネのもとで凹版彫刻技法を学び、非凡な才能を発揮。大蔵省印刷局の官費留学生としてアメリカに留学、アメリカ式の直刻凹版彫刻技法を学び、めきめきと腕を上げます。在学時代の作品が、同国政府の小切手に採用されたほどです。
その後、アメリカン・バンクノート社に高給で迎えられ、アメリカばかりか、中南米諸国の紙幣や銀行券の凹版彫刻をしています。彼が彫刻した歴代大統領の肖像画は大好評を得て、「ジャパニーズ大山」の愛称で呼ばれ、高い評価を受けています。
帰国後、キヨッソーネの後任者として印刷局に迎えられました。
加藤倉吉(1894-1992)は、民間の銅版画師だった父に幼少より指導を受けました。長じて、印刷局に入局。優れた技量と持ち前の好奇心から、次々と新しい凹版技術を試みました。切手収集家にはおなじみの昭和切手の東郷平八郎や乃木希典の肖像は、彼によるものです。実際の印刷は凸版なのですが、原画は凹版。そのため、加藤は凸版の印刷効果を見極め、やや粗めの凹版で原版を彫っています。
その職人芸は抜きんでており、紙幣肖像の分野でも数々の傑作を残しています。聖徳太子千円札や岩倉具視500円札など、いまも人々の記憶に残るこれらの肖像は、彼が彫刻したものでした。
本書で最後に紹介されるのは、戦後に大活躍した押切勝造(1923-2007)。切手では、文化人シリーズの九代目市川団十郎や岡倉天心、皇太子殿下御成婚、第2次国宝シリーズの東照宮陽明門など、数々の名作があります。
一方、紙幣では、伊藤博文1000円札、福沢諭吉1万円札、夏目漱石1000円札など、私たちに親しい紙幣肖像は、彼が彫刻したものです。その凹版彫刻の腕前は、たんに似た肖像を彫るのでなく、人物の人柄、信念、考え方という内面的なものも描き出しています。また、夏目漱石の肖像では、写真嫌いといわれた大作家のややニヒルで、胃潰瘍を病んでいたため、やつれた表情の肖像写真をもとにしながら、その内面や思想を表すかの、深みのある優しい表情を彫り上げました。
この4人の天才彫刻家をたどるとき、そこには凹版彫刻という西洋から伝わった技術が、明治政府に取り入れられ、百数十年の間に日本の独自の文化と化していった過程を知ることができます。
紙幣肖像の凹版彫刻という分野は、あらゆる人が接しているのに、ほとんど注目されません。しかし、本書をお読みになれば、財布を開いたとき、ついついその凹版彫刻に目が行ってしまうことでしょう。
紙幣肖像は、その国の時代ごとの文化のレベルを、私たちに教えてくれる文化遺産でもあります。
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