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切手帖とピンセット
2010.02.25
加藤 郁美 著

切手帖とピンセット
-1960年代グラフィック切手蒐集の愉しみ-



 ちょいと素敵な切手の本を見つけました。書名は「切手帖とピンセット」。
 切手ファンであれば、このシンプルな書名の持っている“良い感じ”が分かってもらえるはず。
 ページをひもとくと、目に飛び込んでくるのは、東欧、北欧を中心とした懐かしさを抱かせる切手の数々。一見しただけでは、昨今よく見掛ける“切手女子本”のよう です。でも、さらにページをくくるうち、見た目のカワイさの奥に、実はとんでもない切手の情報量を盛り込んだ本と気づかされました。

 著者は加藤郁美(かとう・いくみ)さん。東欧や北欧の60年代の切手にいつしか魅せられ、気がつけば熱烈な“切手蒐集人”に…。切手の博物館の図書室にも通い、カラー版のミッヘル・カタログを買い込み…と、収集の度合いが加熱していったのだとか。
 ちなみに、加藤さん、編集者/個人出版社発行人でもあります。さすが編集者らしく、集めるだけでなく、好きな切手を題材に書籍の執筆、刊行を思い立ちました。

 本書は切手の見せ方が、ほかの切手本と違っています。切手をすべて自然な形で撮影し、紹介しているのです。机の上に何気なく置かれた切手、ストックブックに収められた切手。加藤さんいわく、自然な撮り方をしてあげないと、切手たちが持っているオーラが消えてしまうからと…。切手は薄い1枚の紙からできています。すごく平面的な存在。でも、実物の切手を見ると、その平面はつるっとしたものではなく、凹版のインクの盛り上がりや凸版の押しつけられた印刷、紙の毛ばだち…などなど、なんともいえない手作りのリアルさを備え、それがオーラを放つのです。

 ページを追っていくと、不思議な気分になってきます。というのは、誰かのストックブックを手に取り、見せてもらっているような感じなんです。やっぱり図版の切手がオーラを放っているからでしょう。そして、「この東欧切手の紙質と描線の雰囲気、とってもいいでしょう?」と、ページから著者が声を掛けてくるみたいなんです。
 これは加藤さんが体験した実話ですが、新宿のさる切手商さんの店頭で、若い女性が「切手帖とピンセット」を手に、「このページの、この切手、欲しいんですけど」と注文したんだそうです。ところが、切手商さんも新聞の広告を見て、すぐさま本書を買い込み、掲載の切手にはすべてスコット番号が振ってあった…! 加藤さん、もう大感激したのだとか。

 本書のプロローグには、『個人の海外旅行が難しかった1960年代の大人たち子どもたちは、切手で世界にアクセスすることにわくわくしていたのでした』とあります。本書の魅力は、なんといっても、そうした時代の切手のわくわくする世界を、1冊の なかに封じ込めたことでしょう。書名の副題に「1960年代グラフィック切手蒐集の愉 しみ」とある通り、切手がもっとも輝いていた60年代の発行国ごとの文化と息吹を、切手グラフィックそのもので表現しているのです。
 そして、切手の背景や関連事項についても、1枚1枚に執念とも思えるような博覧強記な説明が延々と続きます。読者に切手グラフィックが伝える時代のありさまや人々の暮らし、考え方を伝えたいという、著者の熱意が至るところにほとばしっています。
 一方、荒俣宏さん、島崎信さん、後小路雅弘さん、武田雅哉さん、柏木博さん、岡谷公二さん、伴田良輔さんという、豪華なゲスト陣が切手コラムを寄せており、切手が指し示すグラフィックに、それぞれの知識や教養を傾けて、実に興味深い文化論を展開しています。

 そして、本書の魅力として忘れてならないのは、装幀の素晴らしさ。手掛けたのは、エディトリアル・デザイナーとして知られる祖父江慎さん。造本がとにかく贅沢なのです。本の背の布貼り、また昨今の本には見掛けなくなったしおりの布リボン、どちらも真紅で、本をいっそう魅力的なものにしています。デジタル本が云々されるいま、改めて丁寧な本の造りの良さを実感することができます。
 一見カワイイ本に見えて、濃密な内容をしのばせた「切手帖とピンセット」。切手の好きな方、デザインに興味のある方、60年代の海外文化を探ってみたい方、はたまた装幀の世界を愛する方、どうぞ「切手帖とピンセット」を手に取ってみてください。

 ちなみに、加藤さんが営む個人出版社は「月兎社(ゲットシャ)」。どうして、兎かと問えば、ペットに兎を飼っているとのこと。名前は「山田プンタス」というのだそうで…、えっ? プンタスって、スタマガのかつての連載に登場したキャラじゃない! そう、著者はスタンプマガジンの愛読者でもありました。(編)

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