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シエラレオネ ─世界切手国めぐり─
2010.02.05
現代の“夜叉”たちの跋扈する西アフリカの小国 シエラレオネ

●…ダイヤを狙う“夜叉”たち
 ギニア湾の入口にあるシエラレオネは、1961年に英連邦の一員として独立した新興国です。豊かな鉱物資源に恵まれながら、独立後も国民一人当たりのGNP(国民総生産)が、日本より2桁も少ないわずか200ドルほどの、世界最貧国の一つにとどまっています。これにはいくつかの原因がありますが、何と言ってもうち続く内戦が、影を落とした結果でしょう。

 内戦は一般に、何か重大な失政や不公正の続く政権側の軍隊と、多くの国民の支持のもとで、武力に訴えてまでその改革の実現を目指す反政府軍との間で行われるものです。しかし、シエラレオネの反政府軍には、別段崇高な理念や確かな政策があるわけでもなく、国民の期待がかけられているのでもありません。それどころか、国民の共有財産ともいえるダイヤモンド資源に目がくらんだ大がかりな盗賊団であり、本当の意味で、現代の“夜叉”とさえ言えそうです。

 ダイヤの密売で得た潤沢な資金を投じて最新鋭の武器を手にした彼らに、政府軍も押され気味で、すでに北東部の鉱山地帯の村々を支配下におき、住民達にその採掘のための強制労働を課しています。ここには、熱海の海岸と違って、ひとかけらのロマンも無く、彼らに反抗したり、政府軍に協力した者は、容赦なく見せしめのために斧などで手足を切断します。かつてNHKテレビでも、首都フリータウンの難民収容所の惨状が放映されたので、御記憶の方も多いでしょう。
 掘り出されたダイヤモンドの原石は、隣国のリベリアを経由する闇のルートでヨーロッパに送られると言われています。そこには“汚れたダイヤ”を操る国際的な悪徳商人の群がうごめいているのです。

シエラレオネ共和国
Republic of Sierra
Leone
面積:7万1740平方平方㌔㍍ 
人口:457万人(98年)
首都:フリータウン(38万人)

国  旗
住民:メンデ人、テムネ人、リンバ人ほか。
言語:公用語は英語。ほかにメンデ語、テムネ語、リンバ語など。
宗教:伝統宗教45%、イスラム教30%、キリスト教25%。
資源:石油、天然ガス、金、ウラン。
通貨:レオネ
●…《白人の墓地》
 ギニア湾の北岸は、世界的にも有名な高温多湿なところ。とくにシエラレオネとその付近では、6月から8月にかけて、南西季節風が海からまともに吹きつけるために、雨も異常に多く、そのうえ高温で、決して住みやすいところとは言えません。伝染病の流行もあって、ことのほか高温多湿を嫌う英国系の行政官やビジネスマンにとっては耐え難いところだったのでしょう。いつの頃からか、《白人の墓場》と呼ばれるようになりました。そのため、長い間、開発も進まず、白人の定住者もわずかでした。

 第二次の“地理シリーズ”で紹介された首都フリータウンは、この国の数少ない港町。この「フリー」とは、もちろん“自由”を意味する《Free》。いかに健康的でない都市とはいえ、最近日本でも盛んな「フリーマーケット」の《Flea》(蚤)ではありません。
 実は、隣国リベリアと同様、この町は、自由になった奴隷たちの居住地があったところ。英国では、すでに1833年に奴隷を禁止しており、当時の英領西インド諸島などで解放に努めていました。1933年には、《奴隷解放100周年》の大がかりなセットが発行されています。

●…切手の変遷
 シエラレオネの一番切手は1859年。ビクトリア女王の肖像が描かれています。ジョージ5世の肖像の入った“地理シリーズ”が1932年に発行されましたが、水田風景を描いたものだけ。1938年のジョージ6世の肖像入りのものも、2図案に限られています。本格的な“地理シリーズ”の登場は1953年のエリザベス2世の時代のもので、この植民地の全体像がある程度イメージできるものになりました。
 1961年の独立後は、一時“新地理シリーズ”とさえ言えそうな美しい凹版切手が発行され、この時初めてダイヤモンド産業が紹介されています。
 しかし、その後間もなく、さまざまな変形切手の発行が続きました。今でこそ日本でも変形切手は発行されているので、さほどの違和感はありませんが、当時は格調高い英領切手のイメージを損ないかねませんでした。
 1980年代からは、発行が急に活発になり、この国とはあまり関係のないテーマで発行されるものも、少なくないようです。
シエラレオネ ネコ4種
シエラレオネ ネコ4種シート
ネコ
2009年9月30日発行。

4種
バーマン、スコティッシュフォールド、シンガプーラ、エイジアン・シェーデッド。

4種シート
ソマリ、ブリティッシュアンゴラ、メインクーン、ターキッシュバン。
この国の切手はこちら

■「シエラレオネ」のいわれ
 ナショナリズムの高まりの中で、アフリカの新興国の中には、国名の決定に、当然ながらこだわる場合が多い。国名が二転三転した《コンゴ民主共和国》や《ブルキナファソ》のように、現地語による命名、さらには《マリ》や《ガーナ》など、かつて栄えた古王国にあやかるものなど多様である。

 シエラレオネとは、元来、ポルトガルの探検家ペドロ・デ・シントラが、フリータウンの港を囲む山並みが、浸食されて鋸の歯のように見えたのを、ライオンのたてがみになぞらえて、古いポルトガル語で《Serra Lyoa》と呼んだのが始まりだとか。その後、これをスペイン語で表現して、《Sierra Leone 雄獅子の山々》になったらしい。この国名の語源となった実際の山の姿を、ぜひ一度見たいと思っているが、残念ながら切手では、まだ紹介されたことがないようである。

※このコーナーは「続・世界国めぐり」(2004年刊行)から引用しています。 
  内容が現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている本はこちら です

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