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サモア ─世界切手国めぐり─
2009.12.05
●…《西サモア》から《サモア》へ
南太平洋のサモア諸島のうち、ウポル島とサバイイ島が、1962年に独立した《西サモア》の国土。ニュージーランドによる国連信託統治を終え、英連邦の一員となりました。
かつては、“マタイ”と呼ばれる独特の首長制度をもつ、誇り高いポリネシアンの王国でしたが、19世紀の列強によるオセアニアの分割では、ドイツ、英国、アメリカによる争奪の結果、主要二島がドイツ領になり、東部のツツイラ島がアメリカ領となりました。
第一次世界大戦でドイツが敗れると、ドイツ領だった西部二島は、ニュージーランドが統治することになります。1962年に《西サモア》として独立したのはこの地域。ツツイラ島とその属島には、今も星条旗がひるがえっています。
1997年には、今なおアメリカ領のままの東サモアを意識してか、《西サモア》は、《サモア独立国 Independent State of Samoa》と国名を改めます。切手の国名表示は、《西サモア》時代のサモア語による《SAMOA I SISIFO》から、単に《SAMOA》だけになりました。
●…スティーヴンソンの眠る ウポル島
『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』などの名作で、世界中の人々から親しまれてきたスコットランドの作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンは、ウポル島にある首都アピアの郊外に眠っています。墓地と共に、彼の作品の名場面は、切手でも紹介されたことがありました。
サモア Samoa
面積:2,831平方㌔㍍
人口:17万人(2000年)
首都:アピア(3万8,000人)
国 旗
住民:約90%がポリネシア系
のサモア人。他にメラネシア系、中国系、欧州系混血。
言語:公用語はサモア語と英語。
宗教:キリスト教
通貨:タラ
血沸き肉踊るような『宝島』からは、なかなか想像できませんが、スティーヴンソンは、体が余り丈夫ではなかったようです。晩年はアピアの郊外に居をかまえ、静かに執筆活動を続けていました。暗く陰鬱な日の多いスコットランドよりも、常夏の太陽が輝き、貿易風がヤシの葉を静かにゆするこのウポル島こそ、彼にとっては本当の“宝島”だったのかもしれません。
●…切手の変遷
サモアの一番切手は1877年。王国時代のことです。この頃サモアは、首長間の争いから内戦状態が続いていました。これに乗じて欧米列強が介入。結局、西部二島をドイツが、東部のツツイラ島をアメリカが領有することになります。
1900年に、ドイツ領としての最初の切手が発行されました。ドイツ本国の普通切手に、島名を加刷したものです。続いて、カイザーの御召船を描いた、ドイツ植民地の共通図案の正刷切手になります。
第一次世界大戦が始まると、ニュージーランド軍がドイツ領を占領しました。種々の加刷切手が発行され、やがて、国際連盟による委任統治領となります。《西サモア WESTERN SAMOA》の表示による正刷切手は1935年。このとき初めて島々の風物が、美しい凹版印刷で紹介されました。
1962年の独立後は、南海の動植物や風物をはじめ、観光のピーアールや国際的なイベントに関連した切手が発行されるなど、図柄は大変多様化してきます。発行政策は、概して健全です。
世界自然保護基金/サモアの鳥フルシート
2009年9月2日発行。
サンショクヒタキ、ポリネシアナキサンショウクイ、 タテジマカラスモドキ、ニクダレミツスイ. 。
4種横連刷2組を収める8面シート。
シート地中央はニクダレミツスイ(スズメ目ミツスイ科)。
■東サモアとモームの『雨』
現在もアメリカ領となっている東部のツツイラ島とその属島は、人口3万ほどで、内務省の管轄下におかれている。ここには独自の切手はなく、アメリカ切手がそのまま用いられてきた。
2000年に、領有百年の意味を込めてか、アメリカでは、サモアの伝統的なカヌーとパゴパゴ付近の風景をデザインした切手が発行されている。
東サモアの中心都市パゴパゴは、港町であり、港は軍港と漁港の機能も備えている。
かつて映画にもなったが、ここはサマセット・モームの短編小説『雨』の舞台となったところ。娼婦と、執拗に神の教えや悔い改めを説く宣教師とを、降り続く雨季の長雨を背景に、皮肉なタッチで描いた名作である。中野好夫のすぐれた訳本が文庫本にもあるので一読されるとよい。
※このコーナーは
「続・世界国めぐり」(2004年刊行)
から引用しています。
内容が現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている本はこちら です
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