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| ●…辺境に築かれた平和郷 ニカラグアとパナマにはさまれた中米のコスタリカは、スペイン語で“豊かな海岸”を意 味します。一人当たりのGNPなどでみると、日本の10分の1以下で、余り豊かとは思えま せんが、中米では珍しく、人びとはゆったりと平和に生活を楽しんでいます。 19世紀の初めまでスペインの植民地でしたが、幸か不幸か、金や銀などの地下資源が 乏しく、何よりもアステカやインカなどの古代文明の中心から遠く隔たっていたため、長い 間、未開発のままになっていました。そのため、スペイン人をはじめ、ヨーロッパから農業 移民がやってきた頃も、先住民のインディオは少なく、今も350万人の国民のほとんどが、 ラテン系白人です。移民たちは、自らの手でたがやし、荒れ地を沃野に変えていきました 。この国の人々は、今も勤勉なことで知られています。 コスタリカは、スペインからの独立当初、メキシコの一部でしたが、1823年に、スペイン から分離独立した《中央アメリカ連邦》の一州になりました。しかし、この連邦は内紛が多 発し、結局、1838年に、コスタリカはホンジュラスやニカラグアと共に、それぞれ共和国と して独立します。連邦は、翌年解体しました。 独立後のコスタリカは、比較的政情は安定していましたが、1948年の大統領選挙で、軍 の推すブランコが当選すると、政府はその正当性を疑問視し、軍と政府は激しく対立しま す。このとき、フィグェレス大佐がクーデターを起こし、政権を奪いました。しかし、彼は翌 年、憲法を改正して軍隊を廃止すると、政権をブランコにゆずります。 その後、銀行の国有化など、一時社会主義的な政策もとられましたが、非効率のため、 現在では自由化が目指されています。 |
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●…豊かな自然 コスタリカの国土は、四国と九州を合わせたより一回り小さい、5万平方キロメートル余 り。そこには切手で紹介されたポアス火山をはじめ、3,000メートル級のイラス火山なども みられ、一般に山がちで、1,000~1,300メートルほどの高原盆地が広がっています。首都 サンホセをはじめ、主な都市は、こうした高原盆地に立地しています。ここは軽井沢など より標高が高く、北緯10度前後の熱帯にありながら、白人にとってもしのぎやすい気候で す。 切手でも紹介されたように、コーヒーやバナナの栽培など、農業がこの国の経済の中心 。一方、まだ手つかずの自然も豊かで、太平洋に浮かぶココ島を含め、19もの国立公園 がみられます。 ●…切手の変遷 コスタリカの一番切手は1863年。日本より8年も早く切手を用いた近代的な郵便制度が 確立しています。しかも発行政策は極めて健全で、この間に発行された切手は1,700種余 り。ちなみに日本は3,500種に達しています。 また、日本と大きく異なるのは、航空切手が大変多いこと。1926年から約950種と、半数 以上を占めています。もっとも、1996年以後は発行されていません。 20世紀の初頭まで、紋章や著名な政治家などの図柄が続きましたが、20年代に入ると 凹版の格調高い切手が目に付くようになります。文化財や風景を描いたものが中心です が、30年代から40年代にかけては、国づくりにかかわるものがあらわれます。50年代から 60年代にかけては、普通切手の発行は極端に少なくなり、中心は航空切手に移っていま した。 最近は、普通切手に戻り、発行政策もいくぶん積極的になると共に、ユニークなデザイ ンの切手がみられるようです。 |
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| もう一つのガラパゴス、ココ島 ダーウィンが進化論の着想を得たといわれるエクアドル沖のガラパゴス諸島 と同様、コスタリカの南西500キロメートルほどのココ島は、生物学的に大変注目されて いる島である。国立公園に指定されると共に、最近は世界遺産にも登録された。 島の周囲は切り立った海蝕崖が取り巻き、一般の観光客の上陸は困難である。しかし、 一九三六年に島の地図を描いた切手が発行されたので、フィラテリストには意外になじみ 深いかも知れない。 ココ島は古い火山性の絶海の孤島のため、ガラパゴス諸島や日本の小笠原諸島のよう に、動植物が独自の進化を示し、固有種が形成されやすい。ガラパゴス諸島や小笠原諸 島と同様、ココ島の珍しい動植物も、最近は切手で紹介されるようになってきた。図鑑で も容易に見ることができないこうした珍種に接することのできるのは、やはりフィラテリスト の特権かも知れない。 |
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| ラン10種シート/コスタリカ | ||||||||
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